千代田区のコミュニティ活動の紹介
千代田学:神保町・駿河台下交差点周辺地区のまちづくり協議に関する調査
代表者:山本俊哉さん(明治大学(共同))
神保町・駿河台下交差点地区のまちづくり協議に関する調査「神田駿河台地区における土地の分割と統合の変遷-大名屋敷地区と幕臣屋敷地区の比較-」
本研究では、御茶ノ水駅と靖国通りの間にある神田駿河台および神田小川町の土
地・建物について、その地域ごとに差異のある細分化及び土地形状の要因が武家屋敷跡地における都市計画事業の性質にあることが明らかになりました。
神田駿河台において分布していた幕臣屋敷跡地では、明治期において邸宅が分布
し、江戸からの地割をある程度継承していました。しかしその後、明大通り沿いについては東京市区改正事業による拡幅の影響があり、すぐには土地の分割に至らなかったものの、後に細分化を引き起こす土壌を築きました。
これは同事業によって街区が貫かれた、神田小川町に位置した土屋家の大名屋敷跡地においても同様で、その場では単純な土地の削り取りのみでした。しかし、それによって構成された三角形の街区は、内部で複雑な土地分割が発生し、複数の土地の統合の必要性を生み出しました。
関東大震災後の帝都復興区画整理事業では、主に神田駿河台と、神田小川町の土屋家跡地が江戸からの都市構造を維持し、神田小川町の稲葉家・松平家跡地は均質な街区構成となりました。これは建物の分布にも影響を与え、現在、前者は江戸の地割および明治期の武家地開発の面影を残す土地の分割と統合の分布となったものの、後者は一様に土地の分割と統合が発生しました。